活動報告

子供支援活動

  • 東長寺こども食堂

オープン以来、利用者数は増え続けています。日によっては、開店と同時に大賑わいで、スタッフはてんてこ舞いすることもありました。この辺りに住まうお母さん方は、日中ひとりきりでお子さんと過ごしていることが多いようで、食事ができることだけでなく、子どもを連れて気兼ねなく過ごせる居場所があることをとても喜んでくださっています。こどもたちの小さな体が発するエネルギーは明るく陽気で、そばにいるだけでパワーを分けてもらえるような気持ちになります。ぜひ、こども食堂の日にお参りにいらして、元気に遊ぶこどもたちのようすを見にいらしてください。お寺にこどもたちの賑やかな声が響いているのはなかなか良いものです!

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  • はまわらす(東北大震災復興支援)

東京の子供たち、気仙沼に行く

シャンティ国際ボランティア会(以下、SVA)は震災発災後、間を置かずして東北各地を巡回し、宮城県気仙沼市本吉町にある曹洞宗平磯山清凉院に現地事務所を開設することを決め、スタッフ、資金を投入しました。それから5年、主に気仙沼市本吉町、唐桑町の避難所支援活動を始め、仮設住宅への巡回、生業支援、教育支援などを行ってきました。そして本年5月、気仙沼事務所閉鎖に伴い、丸5年の活動が終了しました。6月には東長寺文由閣において、ボランティアとして当地で活動して頂いていた方々にも来ていただき、活動報告会を実施いたしました。このように東長寺は様々な形で清凉院およびSVAを通じて、5年間気仙沼に対して支援して経緯がございます。

さてSVAの活動を引き継ぐ形で、現地では特定非営利活動法人はまわらす(以下、はまわらす)が立ち上がり、主に子供支援を行っていくことになりました。東長寺では引き続き、このはまわらすに対しても支援活動を行っていくことにしております。

はまわらすは、津波の体験で小さな胸に深くて重い傷を負ってしまった子供たちに寄り添うための小さな活動です。現在気仙沼の海岸線は、震災復旧工事のため簡単に海には近づけない状態が続いています。また巨大な防潮堤が建設されており、海と遮断されている状態でもあります。しかし津波が起こったからとはいえ、子供たちが「海を知らずに育つ」ことは考えられません。海との生活が切っても切れない場所だからこそ、その恵みに感謝し、そしてもっと自然を知り、もっと自然と遊ぼうという考えです。はまわらすの活動は、地元の子どもたちを中心に3年前ほどから始まりました。ワカメの種付けやホタテの種付け、いかだ作りやシーグラス探しなどの海の活動、お米作りなどの田んぼの活動、ツリーハウス作りやキャンプなどの陸の活動など、「くう、とる、あそぶ」をテーマに元気に遊んでいます。そして今年より、東京の子供たちと気仙沼の子供たちとの交流を目的とした活動が始まりました。

平成28年7月25日(月)、東京駅で待ち合わせた子供たちは、見送りに来たお母さんたちと別れて、東北新幹線に乗り込みました。小学1年生から3年生までの4名。引率は私とSVAの木村万里子さんの総勢6名という陣容です。今年は本格活動のプレとしての企画だったので小所帯で向かいました。お昼過ぎ、一ノ関駅着、レンタカーを借りて一路気仙沼を目指します。子供たちの期待も膨らみ、「何時に着くの?」「誰が来るの?」と後部座席から声がかかりました。午後二時、気仙沼駅到着。ここではまわらすスタッフと合流。各々自己紹介をして、早速活動開始です。最初に気仙沼の町と港を見渡せる「安波山(あんばやま)」に登りました。スタッフが持参した震災前の町の写真と今を見比べて、震災後、町と港がどう変わったのかを子供たちにレクチャーしました。子供たちは震災というものが実際にどうだったのか、どんな怖いものなのかまだ分らないようでした。でも真剣に話を聞いている姿をみると、何かを感じているようにも見えました。港に向かい、防潮堤を見学。「どうしてこんなの作ったの?」という素朴な疑問をスタッフに投げかけられると、スタッフは、自然を受け入れるのではなく、自然を拒絶している姿勢を簡単な言葉で説明し、「これでいいと思う?」と逆に子供たちに投げかけていました。今回の目的は、気仙沼の子供たちとの交流というものですが、「震災のことを東京の子供たちに知ってもらう」、そして「震災復興というものが、どういう形で行われているのかを先入観なしで見てもらう」という趣旨もありました。

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次に魚市場に隣接してある「リアス・アーク美術館」に向かいました。ここでは震災時の津波の襲来の様子をビデオで見ることができる施設があります。事前に東京と気仙沼のスタッフで、このビデオを子供たちに見せるのかどうか、という議論をしてきました。「見ていて気分が悪くなったら出ていいから」と伝えて見せることにしました。今でも、このような映像を見ることができない東北の子供たちはたくさんいます。ある種のトラウマとして心の奥に潜り込んでいるようです。また大学の研究などでは、あまり見せないほうがいいという結果も出ているようです。映像では人が流されるなどの場面は一切ありませんが、津波の恐ろしさ、そしてその後の状況が映像と音声でひしひしと伝わってきました。時々子供たちの表情を確かめましたが、外見的には変化が見られなく、全員最後まで見ることができました。これは東京に戻ってきてからの話しですが、ある一人の女の子は、「あれは怖かった」とお母さんに話していたようで、フォローを継続していく予定にしています。3泊4日の活動期間の宿泊場所である、清凉院に向かい、三浦光雄住職、三浦賢道副住職に挨拶し、身の回りの整理、お風呂、就寝の準備をして、午後9時30分、消灯となりました。

2日目、あいにくの雨模様です。午前七時よりの坐禅を体験、眠い中みんな真剣に坐っていました。朝ご飯はお粥です。風邪をひいた時にしか食べないお粥をみんな黙って食べている姿は、まるで修行道場のようでした。午前中は町歩きをしながら海に向かい、シーグラス探しの体験です。本降りの雨に打たれながら海に向かいましたが、幸いにも海に到着したら雨もあがり、注意事項とシーグラス探しのコツをレクチャーして探し始めました。シーグラスとは、主に割れた瓶の破片が、波に洗われ角が丸くなったものです。瓶詰して部屋に飾ったりするとキラキラ光り、子供たち、特に女の子には人気があります。あいにく波が高く海には入れませんでしたが、みんな喜んで宝物を探していました。

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午後はいよいよ、地元の子どもたちとの交流です。活動内容は「サバイバルクッキング」。基本、子供たちだけで、カレー作りの挑戦です。ご飯を炊くための焚き木を探し、自分たちで火起こしもし、火加減もみます。大人たちは見守ることを前提としてますが、さすがにこれでは食べられないことにもなりかねず、要所要所でヘルプに入りました。ようやく5時30分に出来上がり、みんなでおいしく頂きました。少しご飯が焦げましたけど。

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3日目、天気は曇り空、何時雨が降ってもいいような空模様です。昨日と同じように、坐禅、粥を頂きました。地元の子どもたちも集まり、午前中は昼ご飯用の食器を竹で手作りします。境内地の竹をスタッフが切り倒し、全部で17人分の素麺用容器を作ります。子供たちの中には初めて鋸を扱う子もいて、四苦八苦で切っていました。お箸も作る予定でしたが間に合わず、いよいよ素麺流しの始まりです。それはもう大騒ぎです。地元の子どもたちと東京の子供たちも自然に溶け合っていました。結構な量の素麺を用意していたのですが、楽しいのか「もっと流して、もっと、もっと」と、箸が止まる様子も見られないほどでした。途中、「メン子ちゃんゼリー」を流し始めると、一層ヒートアップ。最後は設置している竹に口をつけて、食べ始める子も出始め、大いに盛り上がりました。ようやくおなかも一杯に。大人たちが片づけている間、子供たちは走り回ったり、竹で遊んだり、何かヒソヒソ話をしていたりと思い思いに過ごしていました。午後はツリーハウス用の備品(ツリーハウス用のオール)の制作です。木の皮を素手で剥き、そこにペンキで絵を書いていく作業と、昨日拾ったシーグラスを使用したキャンドルづくりを平行して行いました。どんどん描いていく子ども、迷い慎重になる子ども、あまり興味がなさそうな子ども、おしゃべりに夢中になる子どもなど、見ていて改めて個性というものはおもしろいなと感じました。この間、他のスタッフは晩御飯用のバーベキューの準備。私もレタスときゅうりでサラダを大量に作る作業に取り掛かりました。オールもキャンドルも無事できあがり、みんなテーマを発表して、いよいよバーベキューです。しかしここで問題が。地元の子どもたちの中には、ここまでの参加で家に帰る子どもが数名いました。でもみんなともっといたい、一緒に食べたいと迎えにきたお母さんに泣きながらの説得が始まりした。お母さんは「お父さんが待ってるよ」「家にご飯用意してあるよ」など言ういものの、子どもは必至です。お母さんも最後は折れ、晴れてその二名の子どもはバーベキューに参加することができました。一見落着。ホタテやホヤなどの海産物、肉と野菜を串に刺して焼いていきます。香ばしい匂いとともに、東京の子供たちにとっては最後の夜です。元気によく食べ、よくおしゃべりをして楽しんでいました。食べ終わった後は花火、そして肝試し。ここはお寺なので、敷地の上の方にはお墓がいっぱいあります。特に何か仕込んでいる訳ではありませんが、キャーキャー言いながら、お墓の方に向かっていってました。泣いた子どもは、さすがにいませんでした。最後、みんなでお別れの挨拶をして、おしまいです。

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4日目、いよいよ最終日。坐禅、粥はこれまでの一緒です。荷物の整理、就寝場所のお掃除をして、最後の活動、「振り返り」です。3日間、何をしてきて、どんなことが楽しかったのか。一人一人発表してきました。そして自分への手紙を書いて終わりです。約1か月後、気仙沼のスタッフが気仙沼からの贈り物として投函するそうです。ご住職をはじめとする清凉院の方々と、はまわらすのスタッフと記念撮影をして車に乗り込みました。一ノ関経由で東京に戻ってきたのは、午後3時。3泊4日のはまわらすの活動も無事終了いたしました。

気仙沼の子どもたちと東京の子どもたちの交流を目的とした今回の試みは、直接的な震災復興活動とは言えないかもしれません。防潮堤のような莫大な資金を投じるでもありません。地元の方々の生活が楽になる訳でもありません。しかし私はこれこそが「復興活動」と思い引率していきました。それは未来を創るのが、ここに参加した子供たちだからです。私たち大人はどのような形であれ、子供たちに夢と希望を与える必要があります。その小さいな一歩がこのような活動だと信じています。来年はもう少しだけ、規模を大きくして実施をしたいと思います。

環境支援活動

  • 植林地から広葉樹林地への変換

宮城県気仙沼市本吉町にある曹洞宗清凉院。本堂前には杉が列状に植林されています。日本全国に山間部のよくある風景ですが、山は元々単一樹木だけが生育している訳ではありません。その土地の気候風土にもよりますが、針葉樹、常緑広葉樹、落葉広葉樹などが入り混じっているのが美しい山の姿と言えるでしょう。俗に「混交林」と言われます。戦後国の政策で杉檜の植林が増え、それを短期間で伐採加工して木材として販売していました。しかし安価な輸入材が席巻すると、国内産の木材は高級品となり、供給過剰状態となってしました。現在の全国に広がる植林地は売れずに残って、管理しようにも管理もままならないものとなっています。

私たちはこの現状を鑑み、森を昔あった姿に戻すことを目的に活動を開始しました。具体的には植林された針葉樹林に中に、落葉広葉樹を植えていく活動です。長い長い年月がかかりますが、少しづつ前進したいと考えています。

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地方寺支援活動

  • 真光寺樹林葬墓苑(千葉県袖ケ浦市川原井)

真光寺の墓苑は全体が約一ヘクタールあります。その一角に東長寺の墓苑を開苑することにいたしました。現在(十月末時点)で工事はほぼ完了し、十一月より実際に遺骨の埋葬を開始する予定となっております。墓苑整備のコンセプトは、「林縁の野の花の咲き誇る墓苑へ」というものです。敷地は下総台地の豊かな里山の縁に位置しています。いわゆる「林縁」とも呼ばれる多様な動植物が存在する場所です。この場所に本来の豊かな里山の自然を再生させることができるのではないかと考え、従来型の樹木を植える樹林葬ではなく、「草原」の状態を維持していくこと、墓石の代わりに「野の花」を植える「草葬」という新しいスタイルを目指すことにいたしました。

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  • 清凉院樹林葬墓苑(宮城県気仙沼市本吉町)

三陸の海を望める場所にある清凉院の境内地は広く、伽藍も非常に大きいです。また境内地の一番高い場所には檀家さんの墓地があります。現在その墓地裏側を東日本大震災からの早期復興に向けたリーディングプロジェクトとしての位置づけである、「三陸沿岸道路、通称、三陸道」の建設計画のための用地買収などが始まっています。現在のところ開通予定の時期は未定であるようですが、開通した折には清凉院の直近にインターチェンジができることから、仙台からのアクセスがだいぶ良くなるようです。

清凉院での墓苑整備コンセプトは、「現有杉林を利用した林間墓苑」というものです。伽藍の南側には急傾斜の参道があり、その東側には竹林が、西側には杉林があります。この西側の杉林を墓苑敷地とし整備することにいたしました。現在、杉自体は立派に成長しておりますが、林床が荒れている状態です。よってまずは林床をきれいに整地し、墓苑に必要な林間通路の部分の杉を伐採していきます。また小さな谷筋がありますので、そこにはデッキで橋をかけることにします。沢筋に雨水を流すことができれば、雨が降ったあとは小さな沢が林間を流れることになります。墓地は合葬型として、その部分のみ広く伐採をかけ、空からの光を入れるようにします。見上げると杉木立に切り取られた青い空が見えるはずです。また海への眺望を図るため、列状間伐を行い、また間伐をした杉を利用した見晴らし台なども数年後整備する予定です。この樹林葬の考え方は、これまでの樹林葬の考え方と大きく変え、「植える」のではなく「切る」ということを主題とします。今後間伐が必要な多くの場所で、このような考えの樹林葬墓苑が増えることを願っております。

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