文由閣だより

2018年03月12日

@文由閣 vol.7

里山の中の窯

国道202号線は、福岡県福岡市から佐賀県北部を経由して長崎県長崎市へ至る、全長246.8㎞の一般国道である。そのほとんどは片側一車線、対面二車線の何の変哲もないただの田舎の道である。私はその道を子供の頃、父の運転する車でよく通っていた。長崎市内に住んでいた私は、長期の休みがある度に福岡にいる祖母に会いに行っていた。そしてその当時、長崎まで開通している高速道路がなかったため、いわゆる下道で長崎と福岡の往復をしていた。そして時々、その往復の道中、寄り道をしていたのを記憶している。それは母がその街道沿いにある「茶碗屋さん」に寄っていたためである。

国道202号線のルート上には、北部九州を代表する窯場が点在している。福岡を始点とすると、唐津、伊万里、有田、波佐見、そして三河内。それぞれ陶器、磁器の特徴を持つ、日本を代表する窯場だ。その当時の私は、そんな焼き物にはもちろん興味はなく、昼ご飯かすれ違う車の車種にしか興味がなかったから、その時間は退屈だったはずだ。そうであっても私は、今でもこの202号線が大好きなのである。

 文由閣竣工の前より、佐賀に行くことが多くなり、その地の伝統工芸品を眺める機会も多くなった。そんなある日、文由閣に協力して頂いた手漉き和紙職人の前田さんより、唐津の「隆太窯」をご紹介いただいた。隆太窯は、人間国宝である第12代中里太郎右衛門の五男である、中里隆さんと息子さんの中里太亀さんの窯である。二人の名前から「隆太窯」と名付けたらしい。

窯は、唐津市街から少し離れた丘陵地にあり、周りは棚田が広がるいわゆる里山という名にふさわしい環境だ。道路から窯の建物は見えず、「人里離れた」という表現がぴったりだ。桃源郷とはいいすぎだが、ここでは静かな優しい時間が流れている。川から引いた水路があり、建物がいくつか点在している。人の姿が見えなかったので、少し奥まで進んでいくと、開け放たれた倉庫みたいなところに焼物が展示してあった。幾分か眺めていると外を人が通ったので、見学に来たと声をかけたが、「どうぞ」という軽い感じの挨拶しかなく、また静寂が訪れた。なんと自由な場所なんだろうと思っていると、向かいの建物からスタッフらしい女性が顔を出し、「よかったらお茶をどうぞ」と声をかけられ、水路にかかっている小さな橋を渡り、建物に上がらせて頂いた。そこは小さなギャラリーとなっており、中里親子の作品が並べられていた。唐津七山の和紙職人、前田さんの紹介で来たことを告げ、お茶を頂いた。小さめの粉引の茶碗で淹れられたお茶は、口当たりがよく、さわやかな風を運んでくれた。「どうぞ工場も見てください」と案内されたところは、轆轤が四台設置されてある場所で、「ここでバロックを聞きながら回してるんですよ」と言われて見回すと、大層なオーディオセットが設置されていた。「里山の中で、バロック聞きながら、土を捏ね、轆轤を回し、そして火の中に」。なんと贅沢な、という表現しか出来ない自分が情けなく自己嫌悪になりながらも、自然の光あふれるその空間が、ただ好きだ、ということを感じることができたのはよかった、そんな一日を過ごすことができた。それから隆太窯には4回訪れている。何回行ってもそこには、やさしい時間が流れている、そしていつも「茶碗好き」だった亡くなった母を連れてきたい、と思う。

波佐見は唐津より南、伊万里と有田を経由して202号線を少し外れるところにある。北側は有田と接しているが、有田は佐賀県、波佐見は長崎県に属す。波佐見焼は、磁器であり、普段使いの食器として特に若い世代に人気がある。しょうゆさしで一躍有名になった「白山陶器」や、確かなデザイン力で波佐見焼を全国ブランドに押し上げた「マルヒロ」など、現在は当地に行かなくても東京に直営やセレクトのショップで購入できるようになった。それでもやはり、当地で実際に窯元を訪れて、製作現場を見、そこで取れた材料やこの地域の水や空気を感じることは、大切なことだと感じている。

波佐見を訪れたのは、1月、北部九州に大雪が降った一週間後のことだった。前述の隆太窯からレンタカーで波佐見を目指す。波佐見の窯元は、いくつかの山襞に点在しているが、それらの製品は「波佐見町陶芸の館 観光交流センター」でも購入できるようになっている。まずはこのセンターでどんな窯元があるのか、その窯元の特徴をざっと眺めてみる。波佐見焼は高級品ではなく、日常の食卓に並ぶ食器のため、その形などはシンプルになっている。手になじむ大きさであり、そして色遣いもごくごくシンプル。その中でも窯元によって、外部のデザイナーと組むなどしてオリジナルブランドを立ち上げており、それぞれの特徴があるのがおもしろい。私はその中から西海陶器のショップに行くことにした。お目当ては「そば猪口」。 そば猪口は様々な用途に使いやすい。そのそば猪口を物色している時、形のいい湯呑茶碗に目が留まった。現在文由閣で使用している湯呑も、波佐見焼。そろそろ変えてもいい時期かもしれない。そんな風に思いながら、またそば猪口探しに戻っていった。

国道202号線。私にとって、子供のころの記憶と現在が結びつき、大切な場所である。そしてそれは、両親との思い出にも繋がっている。今、唐津焼や波佐見焼が好きなのは、そんな両親のことを少しでも感じていたい、そんな心の表出かもしれない。

涼仁拝