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文由閣だより

@文由閣 vol.3

昨年の4月より9月まで、檀信徒の方々と曹洞宗の根本経典の一つである『修証義』を読み進めました。『修証義』は、曹洞宗の開祖、道元禅師の著された『正法眼蔵』から、その文言を抜き出して編集されたものです。よってそこに収められている内容は、歴代のお釈迦様をはじめとする歴代の祖師方が語ったこと、並びに道元自身の解釈などが存分に含まれています。『修証義』の総序はこのような文言から始まります。「生を明らめ死を明むるは 仏家一大事の因縁なり(人の生と死の因縁を覚るのは、すべての仏道修行者にとっての一大事である)」。

人間は生まれた瞬間から、死に向かう一方通行の旅に出ています。これは厳然とした事実です。お釈迦様はこの事実に対して、まずは知っておきましょう、と言っておられます。「“生と死”の中に仏の真理があるから、“生と死”を選り好みすることはありません」。人は、「私は、このお父さんとこのお母さんから生まれてきたい、あるいは何歳で死にたい」という希望は叶えられません。でも誰しも何時までも元気でいたいとか、死にたくない、と思ってしまいます。いやそうではなくて、「そのようなものから逃げ出さずに、でもそれを“覚り”とも思わず、ただただ“生と死”が、かけがえのないご縁であると腹を据えていきたいものであります」となるのです。人の“生”は、両親の“縁”から生まれたものです。まずはそのご縁に感謝するともに、そこから様々な生き物(動物、魚、野菜、穀物など)とのご縁によって、私たちは活かされています。新年にあたり、今一度「生を明らめ死を明むる」ということを素直に考えていけたらと思った次第です。

皆様良い一年でありますように、ご祈念申し上げます。涼仁拝

2017年01月08日

文由閣だより

@文由閣 vol.2

この度、『美術手帖』2016年11号の「ZEN特集」に東長寺の活動が紹介されました。東長寺は、1989(平成元)年、開創400年記念事業として、新伽藍を建立いたしました。禅宗の伽藍配置にならい、7つのお堂が適所に配置され、現代建築の合理性と歴史的な寺院建築の落着きをあわせ持つ寺となりました。この計画にあたっては、「現代の寺、都市の寺」であることをふまえ、人が集い、仏教にふれる場となることを念頭におきました。そこで人々が集まる場として設けた講堂は、竣工以来、現代美術を中心とする展示で、海外の作家を含め、これまでにない多数の意欲的な作家を紹介して参りました。現在ではこの講堂は、永代供養付き個人墓の納骨堂として生まれ変わっておりますが、新伽藍建立以来、「お寺は文化の発信地」という考えは、今でも当山運営のコンセプトの柱となっております。

昨年2016(平成27)年、伽藍の道向かいに建立した檀信徒会館は、『「文」化の「由」縁になる』ことを願い「文由閣」、命名しました。様々な建築上の工夫を凝らしましたが、これは「近代技術による伝統様式の追求」をテーマに建設いたしました。それは建物工事に留まらず、天蓋や鏧子(けいす)、五具足(ごぐそく)などの仏具などもこのテーマに沿っています。

「寺院も建物も工芸も、その伝統をそのまま引き継ぐのではなく時代の移り変わりによって新たな解釈を加えていくべきだ」という当山住職の思いを、日々の私たちの活動の中心においています。涼仁拝

2016年10月17日

文由閣だより

@文由閣 vol.1

東長寺では現在、檀信徒向けに「葬儀説明会」を開催しております。既に24回を数えますが、葬儀への関心が非常に高いように感じられます。ご自身が亡くなられたらどうするのか、ご家族のどなたかが亡くなられたらどうするのか、様々な理由があろうかと思いますが、一番は、「葬儀は自分ではどうすることもできない」ということが根本にあるのではないでしょうか。

ご自身が亡くなった後、火葬を含む葬儀全体は、遺族(家族とは限りません)が執り行わなくてはなりません。自分自身が歩いて火葬場に行けるわけでもない、自分で僧侶に頼むことができるのでもない、そんなある種「人任せ」の部分が不安で、心配なのだと思います。それに実際にかかる費用の心配もあるでしょう。

そして最後は誰も知らない世界に行かなくてはならない、それこそ「不安」がある訳です。「不安」は、「安らかではない」ということです。ではその「不安」をどのように取り除いていくのか、それが僧侶に期待される部分かと日頃から考えています。僧侶は、死後のことは語れません。何故なら私自身行ったこともないですし、経験体験したこともないからです。さらに云えば、死を間近に感じたこともありません。よって僧侶というものは、その部分を期待されながら、なかなか対応できないというもどかしさがあるのです。ただできることは、少しでも寄り添い、話しを聞いてあげること。私は出来得る限り、そのような僧侶になりたいと思っています。涼仁拝

2016年09月17日